第二話 「京橋へ。」

「ヨッサンこれがそうか。」
「そうです。」
 巨大な機械が彼らの目の前に立っている。チューブやら何やらがゴテゴテとついており、整備員達がへばりつくようにして最終チェックを行っている。
 ヒデトは心が燃えあがるのを感じた。
「ついにやつらと前面戦争か!」
 今までは玉砕覚悟で<帝国>の機神相手に携帯兵器で立ち向かっていたのだ。まともな戦いができるわけない。
 しかし皆そんな戦いを望んでいたわけでもなかった。待っていたのだ。自分達の機神ができるまで、必死に戦い続け待っていたのだ。
 ヒデトは共に戦い死んでいった者達に黙祷を捧げた。
「ヒデト。これで怨みが晴らせるな。」
「うん。」
 ウチウが彼の肩を叩いて微笑んだ。
 その時、コクピットの整備をしていた整備員が片手を上げた。合図だ。
 アナウンスが流れる。
「ヒデト准将、ウチウ准将。搭乗して下さい。」
「おおーし。」
「出番だな。」
 二人はへっへっへっと不気味に笑いながら、機神「オーバーナイト」に向かう。
 その二人の後姿にヨッサンの声が降りかかる。
「わかってますねー。あくまでテストですよ、テスト。無茶しないで下さいよ!」
 聞こえてはいるだろうが、聞いてはいないだろう二人は、エレベーターでコクピットまで上った。
「おい、聞いたかウチウよ」
「おう、テストだそうだな」
 喜べ、ヨッサン。君のアドバイスは二人に受け入れられたぞ!
「と、いうことは……」
「敵を全滅させてきたら、ちょうどいいな」
 ズベッ!!
 ヨッサンがひっくり返った音である。
 ああ、悲しきヨッサン。二人に言葉は伝わっていても、中身は理解されていなかった。
 エレベーターのドアが開く。
 二人は<オーバーナイト>をちょうど見下ろす位置に立っていた。
 ほお、と二人の口から自然にタメ息が洩れる。
 それほどまでに<オーバーナイト>は美しかった。
 白銀色に塗られたフォルムはスマートでありながらも力強さを秘めているようだ。
 装甲には金色のふち取りが入れられており、いっそう高貴さを感じさせる。
 まさに「騎士を越えた騎士(オーバーナイト)」。
「しかし——」ウチウは腕組をしながら、呟いた。「オーバーナイトと言う割にはミンクのコートを着とらんなぁ」
「おめェ、そりゃオーバーの意味が違うぞ」
「んじゃ、動きが大袈裟なんだ」
「それでもねえ」
「……それじゃ、お婆さ——」
「そりゃ、オババだ」
 おお、さすがはヒデト。わずか、三年間でマイナス〇・五秒突っ込みができるほど成長しているとは。
 と、くだらねェ会話を繰り広げている二人に整備員が声を掛けた。
「どうしたんですか。准将殿。早く乗って下さい」
「う、うむ」
 ヒデトは頷くと、整備員と入れかわりにコクピットに入った。ウチウがそれに続く。
 二人とも三年前と配置は変わらず、ヒデトはファイアー・コントロールでウチウはムーブメント・コントロールである。
 だが、動作端末はヨロイでもなしトリガータイプでもない。ごく普通のトラックボールとフットペダルになっている。
 二人はそれぞれの座席に座ると、手袋をはめた。
 ピッ!
 モニターの中のウィンドウが開く。ヨッサンだ。
『どうです。乗りごごちは?』
「まあまあだな」
『動かし方はマスターしましたか?』
「ああ、三年間、みっちりシュミレーションしたからな」
『OK。それじゃ、出陣して下さい。あ、言っときますけど、まだ火器は積んでませんからね。絶対に<帝国>の所には行かないように』
「チッ、おもしろくねェ」
「残念だなァ」
『……それじゃ、出陣のスタンバイを……』
「おう、メインシステム異常なし」
「ハイパー核融合エンジンは慣らし運転のため、上限を一万六〇〇〇メガワットに設定」
 ウチウとヒデトが交互に叫ぶ。
「進路設定、予定コースは<天満橋>間への往復」
「各部バランサー駆動率九九・九九九八パーセント。許容範囲につき問題なし」
「動力チューブによるエネルギー供給率七八パーセント。弱干低めですが、作戦行動に支障なし」
「システム・オールグリーン。スタンバイOK!」
『ゲートを開きます』
「ラジャー」
<オーバーナイト>の頭上のゲートが開き、陽光が差し込む。
 さん然と輝く<オーバーナイト>の姿は神々しいほどであった。
「<オーバーナイト>発進!」
 ウチウがフットペダルを踏み込んだ。瞬間、Gがかかり白銀の騎士は宙に踊り出た。
 紺碧の空の下、白銀の勇者は空を駆ける。
『どうですか、調子は?』
 ヨッサンである。
「吹き上がりが今イチだ」
 ウチウが答える。
『分かりました。データ収集は本部で行ないますので、全I・Oをオープン状態にしておいて下さい』
「了解」
 <オーバーナイト>は<堺筋本町>上空にさしかかっていた。
「あれから、3年か……」
 動作はすべてウチウに任せていたので、ヒマを持て余していたヒデトはもの思いに耽っていた。
 あの日の事はあまりにも謎が多すぎた。DONの言った"ガーディアン"とは一体どういうことなのか?<エンカイオー>が封印された理由は?
 分からない。すべてが霧に包まれているようだ。
「オイ、ウチウよ」
「なんだ?」
「お前、あの三年前の事どう思う」
「うむ、やっぱり<帝国>のせいではいぱあナイトが放送中止になったのは辛いよなあ。おかげで俺の女神様が……」
「……いや、お前に聞いた俺がバカだった」
 その時、ガクンと機体が揺れた。
「チッ!!」
「どうした!?」
「エンジンに異常だ!!どんどん出力が落ちている!!」
「聞こえたか、ヨッサン!?」
『はい、こちらにもデータがきています。とりあえず、<天満橋>に着陸して下さい』
「よっしゃ」
 ウチウはトラックボールを操作すると、<オーバーナイト>を<天満橋>に不時着させた。
 <オーバーナイト>は荒野に降り立つ。
 <帝国>に反旗を翻した<天満橋>はわずか一ヶ月で陥落し、今は一面の焦土と化している。住む者は誰もなく、ただ荒涼とした焼け野原が広がるだけだ。
「ヨッサン、データ解析頼むぜ」
『はい。おそらくはエンジンの出力が不安定になったためと思われます。詳しい原因は分かりませんが、三〇分程、エンジンを休ませてから帰投して下さい』
「了解」
 ヒデトとウチウはコクピットを出ると、かつては<天満橋>であった土の上に降り立った。
 遥か遠くに敵の本拠地である<京橋>が見える。昔はもっと近くに<京橋>があったらしいが、地殻大膨張のため、その距離は一〇キロメートル近くになっている。
 そして、豆粒のように見えるツイン21の上に浮かんでいるのは、敵の浮遊要塞『皇沙牙城』だ。
 元々はこの<天満橋>にあった大阪城が総攻撃の際に<帝国>に奪われ、前線基地となったのである。
 これを叩くのが<なんば>の住人達の当面の目標であった。
「ウチウよ、どうだ<オーバーナイト>の性能は?」
 ヒデトがウチウに話しかけた。
「ああ、まだ調整が完全じゃないが、かなりのとこまでいけると思うぜ。ただな……」
「ただ?」
「お前も分かってるだろう。<エンカイオー>に乗っていた時のあの圧倒的なパワーが感じられないんだ」
「確かに……」
 ヒデトは呟いた。<エンカイオー>のエネルギーは底が見えなかった。無限に涌き出る問欠泉のようだった。
 やはり、<エンカイオー>のデータを元に現代科学の粋を集めた<オーバーナイト>といえども、<HANABi>の英知には遠く及ばないというのか。
「量産機レベルなら、簡単に倒せる自信はあるが、機神クラスになると……」
「四対六ってとこか……」
「妥当な数字だな」
 二人の間に思い沈黙が訪れる。
 ふと、ウチウが空を見上げた。
「ん?」
「どうした?」
 つられてヒデトも見上げる。
「何か、浮かんでないか?」
 ウチウに言われて、目を細めるヒデト。
 見ると、確かに青い空にポツンと何かが見える。それは見る間に大きくなってきた。
「ひょっとして、落ちてきてないか?」
 ヒデトはウチウに訊ねた。
「ああ、しかもありゃ人間だぜ。しかも、すっ裸」
「女か?女なら受け止めちゃる」
「残念。野郎だ。」
「チッ。それじゃ、放っとこうぜ」
「おう」
 目算でその人間は五〇〇メートルは向こうに落ちると思われた。
 だが、あろうことか落下中にその人間は方向を変え、ヒデトの方に向かってきた。
「おわっ!!」
 逃げまどうヒデト。だが男は正確にヒデトの頭上に落下した。
 チュドーン!!
「ムギューッ!!」
 さすが、男の中の男ヒデト。身を挺して男を救うとは。
「そんなつもりはねェ!!」
 これは失敬。
「おい、大丈夫か、ヒデト」
「ああ、何とかな」
 ヒデトは上に乗っている男を押しのけた。
「しかし、非常識な奴だな。スッポンポンで空から降ってくるとは……おわ!」
「どうした?」
「こいつ、DONじゃねぇか!?」
 忘れようもない、三年前に別れたAI・DONと顔が瓜二つだった。
「他人の空似じゃないのか?」
「いや、自由落下中に方向を変える非常識さといい、他人をクッションにするあつかましさと言い、こいつはDON以外の何者でもねえ」
「なるほど……で、生きとるのか、死んどるのか?」
「寝とる」
 DONはスヤスヤと寝息をたてていた。
「何だかなあ」
 ウチウはコクピットに乗り込むと、基地のヨッサンを呼び出した。
『もしもーし』
「あ、奥さん?も、もう、僕ガマンできない!!」
『何をヤッとんのだあんたは?切るぞ』
「ちょーっと待ったぁ!おもしろい拾い物をしてよぉ。今から帰るぞ」
『拾い物?汚ないから食べたらだめですよ』
「食えるか、あんなもん」

 数時間後、医務室に運び込まれたDONは、ヒデトとウチウ、ツクイ、ヨッサン、そして医者の見守る中、目を覚ました。
「ハッ、ここはどこだ」
「<なんば>ですよ」
 ヒデトが優しく語りかける。
「<なんば>?<なんば>、<なんば>、<なんば>……」
 DONは言葉を反芻しながら深く考え込んでいる。その姿を見てヒデトは驚き、医者に訊ねた。
「先生、こ、これは!?」
「うむ、記憶喪失のようじゃな」
 医者がさもありなんという風に頷く。
「違う!記憶喪失どではなーい!<なんば>の何たるかぐらいは知っておるわ。私はただ、<なんば>がどこにあるのかを聞いておるのだ!!」
「<日本橋>の近所」
「はーい、質問」
「まさか、<日本橋>がどこにあるか、聞こうとしてるんじゃねえだろな」
「ピンポーン」
「先生、こ、これは?」
「うむ、方向オンチのようじゃな」
 この後二時間かかって<なんば>の位置を学習すると、DONは頷いた。
「よおし、大体わかった」
 DONは勢いよく立ち上がった。それに合わせて、毛布がめくれる。
 五人は見てはならぬものを見てしまった。一斉に顔をそむける。
「おい、コラ、DON!」
 ウチウが言った。
「なんじゃい」
「そのウェッ!あんまり見たくないものを、オェップ!さっさと隠せ!」
「おお、これは失敬。服を貸してもらえるかな」
 DONは<レジスタンス>の制服を受け取ると、ベッドの回りのカーテンを閉めた。
 閉じたカーテンの隙間から顔を出し、DONは顔を赤らめてこう言った。
「のぞいちゃ、だめよン」
 ドカッ!バキ!ボコ!
 怒り狂った五人がそこらのものを手当りしだいに投げつけた。
「あっ、ごめん!謝るから、許してーっ!」
 うろたえるDONの頭上に投げつけられたガラスのビンには『ニトロ』と書かれてあった。
 ズゴォーン!
「おわっ!」
 カーテンの内側で大爆発が起こる。
 しかし、ヒデトをはじめとする外側の五人は無事であった。カーテンの布地に耐爆性チタニウム・ポリプロピレンを使っているからである。
「誰だ!ニトロなんか投げつけた奴は!?」
 ウチウが叫んで皆を見回すと、他の四人はじっとウチウを見つめていた。
「オ、俺か?」
「その通り」
 ツクイが答える。
「いや〜、まあ済んでしまったことは仕方がない。忘れてしまおうじゃないか。ハハハハハ」
 乾いた笑いを上げるウチウ。
「て、てめェーッ!」
 転げるようにして中からDONが出てきた。いつの間に着たのであろうか、<レジスタンス>の制服を身につけている。
 それを見て、ヨッサンはホッと胸を撫で下ろした。
「よかった、服は無事だった」
「お前なぁ!服よりも俺を心配せんかい!」
「だって、服代だってバカにならないんですから」
「ケガでもしたらどうするんだ!!」
 普通、死ぬけどなあとよっさんは心の中で呟く。
「まあいい、それより、オイ、手前ェッ!!」
 ピッとDONはウチウを指さす。
「何故、俺の名を知っている?」
 どうやら、このDONと<エンカイオー>のAI・DONとは別人らしい。当然と言えば当然ではあるが。
 だからDONは自分の名前をウチウが知ってる理由が皆目分からないのである。
「お前の事を知ってるのは、俺だけないぞ。こいつらもみんなお前を知ってるぜ」
 と、ウチウはヒデト、ツクイ、ヨッサンを指さした。
「なぁにぃ!と、いう事は……オレの勇名はこんな僻地にまで届いてたというのか!」
 違うって、と五人は揃って手を振った。
「だから、ゴニョゴニョゴニョ」
 ヒデトはDONに三年前の出来事を話した(『エンカイオー』参照のこと)。
「なるほど、<エンカイオー>が起動したわけか。予定よりも三年早かったな。タイマーが狂ったわけか……」
「なに!?」
「あ、いやいや、こっちの話だ。気にせんでもらおう。」
「こっちのことは全部話した。次はお前のことを話してもらう。まず、第一にお前は何者なんだ?第二にどうして空から降ってきたんだ?」
 ウチウがDONに詰めよる。
「ふむ聞きたいか?」
「おお聞きたいな」
「まず、第一の質問だが……」
 ピッとDONは指を一本立てた。
「俺はDONだ」
「そんなこたあ、分かっとる!素性を聞いとるんじゃ!」
「ヒ・ミ・ツ」
「へ?」
「すべてを話してしまってはおもしろくない。今はヒ・ミ・ツだ」
「……まあいい」
「次に第ニの質問の答えだが」
 ピッとDONは指をニ本立てた。
「俺の趣味だ。放っといてもらおう」
「お前は趣味で裸になって空から落ちてくるんかい!!」
「人に言えない趣味など誰にでもあるものだ」
 ギクウッ!
 DONの一言でウチウとヒデトが硬直する。
 そう、この二人には他人に言えない趣味がたーくさんあるのである。
「ま、そうだな、ハハハハハ」
「うん、確かに人に言えない趣味の一つや二つや、一〇や二〇は誰にでもあるもんな」
 ウチウとヒデトはうつろな笑いをあげた。
 そのままこの話は曖昧のうちに片づけられ、ヨッサンは何かうまいことはぐらかされたような気がするのであった。
 と、その時、通天閣中にチャルメラの音が響きわたった。
「ぬ、敵襲か!?」
 ツクイが立ち上がる。
「ヒデト、ウチウはハンガーデッキへ。ヨッサンは<オーバーナイト>の最終調整を!」
「あいよ」
「ほいきた」
「了解」
 三人はそれぞれ返事をして、医務室を出ていく。
「DONはここにいるように。ドクターもよろしく」
「うむ」
 と、ドクターは返事をしたが、DONは何も答えなかった。
 不審を感じたツクイは医務室を出るときに念のために電磁ロックをかけた。そして、最上階の司令室に向かうためエレベーターに乗り込んだ。
「情況を知らせい!」
 司令室に駆け込むや否や、ツクイは叫んだ。
「はい。敵は四機。いずれも、量産機クラスです」
 オペレーターの一人が答える。
「よし、<オーバーナイト>発進準備!」

 ハンガーデッキに向かう、エレベーターの中で、ヒデトはウチウに話しかけた。
「やっぱり、あのDONとAI・DONとは別人だな」
「ああ、AI・DONはあんなに横柄じゃなかったもんな」
「しかし、奴は何者なんだろうか?」
「そのうち、分かるさ。いくぞ!」
「おお」
 エレベーターが開くと、二人は<オーバーナイト>に乗り込んだ。
 モニターが開く。ツクイからだ。
『ヒデト准将、ウチウ准将。敵は量産機が四機だけだ』
「よぉーし、軽くひねり潰してやるぜ、ヘッヘッヘッ」
 <帝国>は<なんば>の抵抗など取るに足らぬものとタカをくくっているのか、ここ一年ほど機神が出撃してきたことはない。すべて量産機だけである。
 モニターのウィンドウがもう一つ開いた。ヨッサンである。
『<オーバーナイト>の最終調整完了しました。核融合エンジンのリミッターを外して下さい』
「あいよ」
 ウチウはヨッサンに言われるままに、キーボードを操作した。
「武装は?」
 ヒデトが訊ねると、ヨッサンはにやっと笑った。
『全部積み込みました。デビュー戦です、思う存分暴れて来て下さい』
「さすが、ヨッサン。話せるぜ」
 ヒデトは指をポキポキと鳴らして、コンソールに向かった。
「システム・オールグリーン。発進よろし」
『了解。ゲート開きます』
「おお、その声はオペレーターのA子ちゃん。今度、デートしようね」
 さすがはヒデト、こんな時にも女の子に声を掛けるのは忘れていない。
「<帝国>に勝ったら考えてもいいわよ」
「うっしゃあ、ヤル気が出てきたぜーっ!」
 <オーバーナイト>は発進し、その高貴なる姿を人々の目に晒した。歓呼で向かえる<なんば>の住人たち。
「行くぜっ!!」
 白銀の機神は銀光をきらめかせ飛びたった。

「さて、帰るか」
 ベッドに腰かけていたDONはおもむろに立ち上がった。
「駄目ですよ、動かすなとツクイ司令官に言われてるんですからね」
 医者はDONの進路をふさぐように立ちはだかった。
 しかし、DONはまるで意に解さずつかつかと医者に歩み寄ると右拳の一撃を医者ののみぞおちに叩き込んだ。
 呻いてかがみ込む医者。
 DONはそのまま出口の方に歩いていく。
 ドアのノブをガチャガチャと回すが開かない。
「電磁ロックか、下らん」
 DONはドアのノブに手を当て、軽く『念』を凝らす。ドアはいとも簡単に開いた。
 そのままスタスタと部屋を出ていく。
 医者は呻く腹を押さえながら、受話器を手にした。
「もしもし……ツクイ司令官……DONが……逃げました。それが……電磁ロックを……はい……お願いします」
 医者は言い終わると、倒れて気を失った。

 DONは通天閣を出るつもりでいた。
 通天閣を出るには、下に行かなければならない。それは誰でも考えつくことであろう。
 だが、そこなDONのDONたる由縁である。
 DONは上へと昇っていった。
「いったい出口はどこだ!」
 DONは叫ぶ。だが当然の如く出口は見つからない。
「これかな?」
 と、DONは目の前のドアを開ける。
 そこにはこう書かれてあった。『司令室』と……。
「何じゃ、ここは?」
 司令室に入ったDONは不審そうに辺りを睥睨した。
「DON!何故ここへ?逃げたんじゃなかったのか」
 司令席からツクイが叫んでいる。
 問いつめられてDONは返答に窮した。まさか出口を探してる内にここに辿り着いたとは言えない。
 だから、DONは胸を張ってこう言い返した。
「ふん。お前たちだけでは心配だから、見に来てやったのだ。ありがたく思え。」
「本当かなあ」
「うるさい、黙れ。私の言うことが法なのだ。のけっ!」
 ボコッ。
「おわっ!」
 ツクイを指令席から蹴り落とすと、DONは指令席に収まった。
「ぼ、僕の席が……」
「ええい、邪魔な奴め。お前はそこら辺にでも座っておけ」
 ツクイは渋々、オペレーター席に座った。
「コホン。さて、ウチウとヒデトよ、様子はどうだ?」
『あれ?』
『その声はDONじゃねえか』
「そのとーりー。ツクイは俺の威光の前に膝まずき、どうか私の代わりに<反乱軍>の頂点に立って下さいと、土下座したのだ」
『どうも胡散くさいぞ』
「そんな些細な事はどうでもいいから、状況を知らせい!」
『おう、現在<長堀橋>上空。敵機遭遇まであと六〇〇メートル』
「よっしゃ二人に任せる。存分にやってしまいなさい」
『ラジャー!』
 ウチウとヒデトが同時に叫ぶ。
 <オーバーナイト>は<帝国>の量産型巨人<エコノミー>の上空に辿りついた。
 <エコノミー>は飛行能力を持っていないので、<京橋>からここまで歩いてきたのである。
「よっしゃ、ヒデトよ頼むぜ」
「おお、任しておけ」
 ヒデトは四機の<エコノミー>のうち、二機に狙いをつけ、キーボードを操る。
 瞬間、<オーバーナイト>の全身から無数の細いレーザーが放出される。
 <オーバーナイト>の武装の一つである<直角レーザー>である。
 二機の<エコノミー>の頭上に光の矢が燦然と降りそそぐ。
 けたたましい音をたてて、<エコノミー>が大破する。
 その模様は通天閣にとりつけられた二〇〇インチ液晶モニターに生中継される。
 <オーバーナイト>の活躍を見て小踊りする<なんば>の住人たち。
 さっそく宴会の場が広げられた。
 チャカポコチャカポコ。

「ぬう、なかなかやるではないか。えーと、何と言ったかな」
 司令室に備えつけられたモニターを見ながらDONは呟いた。
「<オーバーナイト>です」
 ツクイが素早く言った。
「そう、その<オーバーナイト>。だが、何故まとめて四機を一度にやっつけん?」
「仕方ないでしょう。四機まとめて<直角レーザー>をぶち当てるとよくて中破ぐらいですから」
「なに?それほどまでに<オーバーナイト>の性能は悪いのか?」
 DONの一言で司令室は色めきたった。
 無理もない。あれほどまでに圧倒的なパワーを見せつけた<オーバーナイト>に対して、DONは「性能が悪い」と言っているのだ。
「エンジンは何を使っているのだ?対消滅エンジンか?次元変換システムか?タキオン・コンセントレーターか?縮退炉か?」
「核融合エンジンです」
「なぜ、そんな旧世界の遺物を……」
「だって、さっき言った四つのエンジンは全部、千年前にあったと言われる幻の動力機関ですよ」
「それじゃ、現在は存在しないのか?」
「はい」
 返答しながら、まるで遠い過去からやって来たような物の言い方だとツクイは首を傾げた。
「しかし、<オーバーナイト>は<エンカイオー>のデータを元にして創られたコピーだろ?なぜ、<エンカイオー効果>を使わん?」
「ああ、あれですか?」
「うむ」
「<なんば>の総力を結集しても、その原理および使用法は皆目分かりませんでした」
「文明はそこまで退化したのか?」
 それにしてもボロクソな言い方である。
「一応、<オーバーナイト>には積んでますけどね……」

 さて、DONとツクイが伏線を張りまくっているその頃、
 <オーバーナイト>は<エコノミー>の爆煙にまぎれて、着地していた。
「ヒデト、右一〇度、五〇メートル先に一機。さらに左三二度、四〇メートルにもう一機」
レーダーを見ながら、ウチウがヒデトにその内容を伝える。
「よおし、ワイドレンジ・フェザービーム!!」
 <オーバーナイト>は右腕を前に突き出し、手を開いた。
 敵の<エコノミー>二機は状況が分からず戸惑うばかりである。無人操縦であるが由に機転がきかないのだ。
 <オーバーナイト>の手の平から広角度の光の波が流れる。
 残った二機の<エコノミー>はあっという間に爆発四散した。
「やったな」
「ああ、これでオペレーターの女の子と……ウッシッシッシッ」
「おい、ヒデト。よだれ、よだれ」
「お、おう」
 ヒデトは慌てて口元をぬぐう。
『まだよ』
「おお、その声はオペレーターの女の子」
『ヒデト准将、ウチウ准将、『皇沙牙城』から新たな敵が出てきました。その数五〇!』
「なあにィーッ!」
『がんばってね』
 プツン。
「あら切れちゃった」
「そんなあ、おーい。オペレーターちゃあん」
『は・あ・い』
「こら、くそDON!女の声色なんか使うんじゃねえ!」
『どうして分かった』
「<オーバーナイト>のウインドウには顔も出るんだよ!」
『おお、忘れていた。それでは今度は女装して出てくることにしよう』
「やめんかい!!」
 DONがどんなに横柄になろうとも、ついついツッコミをいれてしまうヒデトであった。
「……で、何の用だ?」
『<オーバーナイト>の残存エネルギーは何パーセントだ?』
「約六二パーセントかな。ちょっと派手にやりすぎたか」
 ウチウが答えた。
「一機につき一パーセントちょいか……。こいつはちぃとつらいな」と、ヒデト。
『やはりな……おい、ウチウ!核融合エンジンを切れィ!』
「なに!お前、気でも狂ったのか?」
『<エンカイオー効果>を使う。直ちにエンジンを切れ』
「エンカイオー効果つったら、使い方が分からんけどとりあえず積んどいたってあれかい」
『俺が知っている』
「なに!?」
 ヒデトとウチウが同時に叫んだ。
「DON、お前は一体何者なんだ?<HANABi>の末嬰であるツクイですら、使用方法が解明できなかったというのに……」
『詳しい言及はアトアト。とにかく、エンジンを切るように』
 確かに今は議論をしてる場合ではない。ウチウは動力回路を停止した。
『では、ウチウ。<エンカイオー効果>の回路を直接エネルギータンクにつなげい』
「あいよ」
 ウチウはコンソールを操作し、DONの言う通りにした。
『では、二人とも目をつむって』
「は!?」
『いいから、目をつむれい!』
 二人は状況を理解できぬまま、渋々目を閉じた。
『楽しかった思い出を心の中に浮かべなさい』
 ウチウはDONの言う通り過去に思いを馳せた。
 それは、数年前のある日の事だった。
 本屋でアニ○ージュを見つけたウチウは、その表紙を飾っていた『彼女』を見た途端、全身が痺れるような衝撃を味わった。
(か、かわいい……)
 ウチウは震える手でア○メージュを三冊、愛おしそうに抱きかかえるといそいそとレジへと向かった。
 一冊は鑑賞用、一冊は保存用、もう一冊は枕の下用である。
 枕の下に入れておくと、夢の中でも彼女に逢えるのだ。
 ウチウは家に帰ると貪るようにして、○ニメージュを読んだ。
 読めば読むほどウチウは『彼女』に魅かれていった。
 そして運命の第一回放送日。
 放送開始の三〇分前から、ウチウはNHKをつけ、テレビの前に正座して待っていた。
 長い三〇分だった。ウチウには一分が永遠のように感じられた。
 午後七時三〇分。
 テレビで走り回る"彼女"を見た時、ウチウの理性はブッとんだ。
(さ、最高だァ!!)
 それからというもの、ウチウは金曜日が待ち遠しくて仕方がなかった。
 午後七時半からの三〇分はまさに至福の時だった。
(楽しかったなぁ、あの頃は……)

 一方、ヒデトも家が<帝国>に破壊される前の事を考えていた。
 教科書サイズの蔵書に囲まれた自分の部屋を……。
 本の一冊一冊が自分の人生だと言っても過言ではなかった。
 部屋中の本をぶちまけ、その上で転げ回る。
 最高だ。最高の気分だ。

『はい。目を開けて』
 DONの声で、至福の時を過ごしていたウチウとヒデトがはっと我に返った。
『エネルギー量はどれ位になっとる?』
「えーと、エネルギー充填率一〇の六乗パーセント?」
 ウチウが素っ頓狂な声をあげた。
『これが<エンカイオー効果>だ。人間の「喜怒哀楽」の四つの感情の内、「喜」と「楽」すなわち<エンカイパワー>を莫大なエネルギーに変換するシステム、それが<エンカイオー効果>なのだっ!』
 ウオオオオッッ!
 DONの姿と声は通天閣の外部モニターにも接続されていた。二〇〇インチのモニターを見上げていた<なんば>の住人たちは一斉に歓声を上げる。
「ええどー、もっとやれーっ!」
「ピー、ピー」
「素敵よ〜、<オーバーナイト>!」
 すっかり<なんば>の住人は盛り上がっていた。
『さあ、ヒデト、ウチウよ<オーバーナイト>のプワァウァーを見せつけてやれい!』
「うっしゃあああっっっ!直角レーザーッ!!」
 ヒデトはエネルギー制限を外して、<直角レーザー>を発射した。
 先程の発射時の数十、いや数百倍の数のレーザーが<オーバーナイト>から打ち出される。
 しかも、そのレーザーの一本一本がさらに数十倍のエネルギーを持っていた。
そのまま、レーザーは数キロメートル先からやって来る<エコノミー>の頭上に降りそそいだ。
 ズガァーッン!!
 五〇の<エコノミー>は五〇の鉄屑に変わった。
「す……すげえぞ、これは!!」
 あまりの威力に茫然とするウチウ。
「まだまだ!」
 ヒデトはそう言うと、コンソールを操作し、『皇沙牙城』に狙いを定めた。
「ワイドレンジ・フェザービーム!!」
 今度は右手からではなく、両手を突き出して発射した。
 圧倒的なエネルギーの束が『皇沙牙城』に向かって一直線に飛んで行く。
 轟沈!
 本体部分を打ち砕かれた浮遊要塞はその重量を支え切れず、<京橋>に落下した。
 その下には当然、<帝国>の基地がある。
 次々と誘爆していく<帝国>の施設。
 ドゴォーン!
——こうして<帝国>の前線基地である<京橋>は<オーバーナイト>によっていとも簡単にクレーターと変えられてしまったのである。
 ウォォォッッッ!オーバーナイト!オーバーナイト!
 <なんば>の住民が<オーバーナイト>に声援を送る。
「ありがとよッ!」
 ウチウはそう言って、<オーバーナイト>にガッツポーズをとらせた。
 無論、夕陽を背にしてだ。
 途端に湧き立つ住民たち。ヤンヤヤンヤの喝采を送る。

 虚無の闇が広がっている。
 この空間を支配するのはただ静寂のみ。
 その暗黒の中でJ皇子は心地良い沈黙を楽しんでいた。
(千年の永きに渡って続いた<帝国>の悲願もあと少しで達成されよう。もうすぐ大阪全土は我らのものとなるのだ)
 闇は質量を持つように、ねっとりと体を包みこむ。
 そこへカメーの声が辺りの静寂を破った。
「J皇子、大変でございます!!」
 いつもの沈着冷静なカメーではなかった。声が逼迫している。
「どうしたカメーよ。お前らしからぬ醜態だな」
「そ、それが、<なんば>の原住民が機神を作り出しまして……」
「ほう、あの卑族どもが。だが奴らの科学力では<エコノミー>と同レベルのものを作るのが関の山であろう」
「いえ、それが我らの<エコノミー>を五四機破壊した後、『皇沙牙城』を含む<京橋>全域を潰えしたのでございます」
「して、敵の数は?」
「それがたったの一機でございまして……」
「そんな、バカな……」
「さらにもう一つございます」
「まだあるのか」
「はい、実は<エンカイオー効果>の波動をキャッチいたしました」
「三年前の<エンカイオー>出現の際にも使われることのなかった、あの<エンカイオー効果>が使用されたというのか?」
「御意」
「とすれば、まさか<鍵>が……DONが復活したというのか?」
「はっ、おそらくは……」
「<HANABi>が再び我が<帝国>にたてつこうというのか」
 J皇子はそう言うと、絶え切れなくなったように笑った。その笑いは低く長く続く。カメーがそんなJ皇子を呆然と見ている。
「おもしろいではないか」
「おもしろい……ですか?」
 カメーはJ皇子に恐怖していた。
 一度は<帝国>の野望を完膚無きまでに打ちのめした<HANABi>が再び邪魔をしようというのだ。
 それを、おもしろいと言い切るとは、よほど自分の力に自信がないとできないことである。
 恐ろしい。
 カメーは心底そう思った。
「タキグチ!タキグチはいるか?」
 J皇子が問いかけるや否や、間髪いれずにタキグチなる人物は宙に現れた。
「お呼びでしょうか、J皇子様」
「おお、タキグチ。近う寄れ」
「はっ」
 タキグチはJ皇子に近づいた。まるで空を飛んでいるように、滑らかに。
「知っての通り、<なんば>の卑族どもが、機神を開発したらしい。その清掃をお前に任せる」
「ありがたき光栄に存じます。必ずや、我が機神<ガク・ラーン>がその機神を倒してごらんにいれましょう」
「うむ」
「では」
 一礼するとタキグチは現れたときと同じように中に消えた。
 カメーは既に退出している。
 残されたJ皇子は闇の中で独り言を呟いていた。
「DONよ、一度は同じ志を持ったお前が、なぜそうまでして予に盾つくのだ……」
 だが、J皇子の問いかけに答えるものはだれもいない。
 ただ無明の闇が広がるのみである。

 <帝国>の前線基地を破壊した<オーバーナイト>は通天閣のハンガーデッキに着地した。
 コクピットから現れたウチウとヒデトをツクイとDONが出向かえた。
「やあやあやあ、よくやってくれましたね。ウチウ准将、ヒデト准将」
 ツクイがそう言うと、ウチウはいきなりツクイの胸ぐらを掴んだ。
「な、何をするんです!?」
「うれしいねェ!褒めてくれて!確かに敵を全滅させて来たぜェッ!!」
「何で怒ってるんですか!?」
「怒ってるんじゃネエ!喜んでるんだよ!ああ、嬉しいねェ!」
「ヒデト、ウチウは一体どうなったんですか?」
 訊ねられたヒデトはいきなりツクイにしがみついて泣き出した。
「ツクイさあん!嬉しいっスよ。僕たちがお役に立てたんですね」
「な、なんなんだ、一体?」
「だから喜んでるんだよォッ!」
「だから喜んでるじゃないですか。えーん」
「DON!こ、これは一体?」
「だから言ったろうが、<エンカイオー効果>は『喜』と『楽』をエネルギーに変換すると。と、すれば、残っているのは『怒』と『哀』ではないか」
「な……、なるほど。で、どうするんですかこいつら。ひょっとすると一生このままですか?」
「こうするんだよ」
 と、DONは怒り狂うウチウと泣き叫ぶヒデトの襟首をひっつかむと、窓から外に放り投げた。
 ひゅう〜ん。
 ドサッ。
「ああ、ヒデトさんだ」
「ウチウさんもいるぞ!」
 目ざとく二人を見つけた<なんば>の住人たちが手に酒や肴を持って群がってきた。
「さあ、祝宴だ!」
「さあ、ぐーっと行きましょ、ぐーっと」
 と、ヒデトに酒を差し出す。泣きながら、ヒデトは首を振る。
「何言うとるんや、にいちゃん。さあ、ぐーっといかんかい」
 ヒッデットッ!ヒッデットッ!ヒッデットッ!
 回りの人間がヒデトをはやしたてる。
 ノリやすいヒデトはあっという間に酒を飲み干した。
 オオーッ、パチパチパチ!
「ウィック、一番ヒデト!美奈ちゃんのマネをしまーす!」
 オオーッ、パチパチパチ!
「ささ、ウチウさんもいきましょう」
「オッシャァッッ!どんとこーいっ!ゴクゴク、プハァーッ!」
 オオーッ、パチパチパチ!
「ヒック、二番ウチウ。日高のり子のマネをします。ウリホーッ!!」
 オオーッ、パチパチパチ!
 チャカポコチャカポコ。
 <なんば>の夜は更けていく。

「こうしておけば、明日の朝には普通に戻っていることだろう」
 通天閣の窓から下を見つめながら、DONが言った。
「なるほど、こうやって『喜』と『楽』を補給するわけですね」
 相槌を打つツクイ。
「だが、これ位で<エンカイパワー>を吸いつくされるとはふがいない。これでは、<エンカイオー>に二人を乗せるわけにはいかん」
「しかし、三年前に二人は見事に<エンカイオー>を操ったではありませんか」
「さっき三年前のデータを見せてもらったが、あれは<エンカイオー>であって、<エンカイオー>ではない」
「は?」
「三年前の<エンカイオー>は<エンカイオー効果>を作動させなかった。おそらくはガーディアンが危険と判断したのだろう」
「危険?」
「うむ。<オーバーナイト>ごときの<エンカイオー効果>ならあの程度の副作用ですむが、<エンカイオー>のそれを発動させれば、そのパワーは<オーバーナイト>の数億倍にも及ぶ」
「そ、そんなに……」
「当然、操縦者にもそれ相応のエンカイパワーを要求される。今あの二人が真の<エンカイオー>に乗れば、良くて発狂、悪ければ死に至る」
「それを恐れてAI・DONは<エンカイオー効果>を発動しなかったと言うわけですか」
「いや、理由はもう一つある」
「何です?」
「<エンカイオー>が本当に目覚めるには<鍵>が必要なのだ」
「<鍵>?何ですか、それは?」
「今は言えんよ……、今はな」
「なるほど、それでようやく分かりましたよ。AI・DONが『早すぎた』と言った訳が……。すべてはこれから始まるんですね」
「そういうことだ。だから、二人には<エンカイパワー>を強力にするために訓練を行わなければならん」
「と、言うと?」
「毎晩、宴会をする。そうすれば、自然と<エンカイパワー>が鍛えられるであろう」
「DON……あなた、一体何者なんです?」
 不意に訊ねたツクイの目は真剣だった。
 DONが一瞬、絶句する。
「…………」
「…………」
 二人の間に沈黙が訪れた。空気が硬質化する。
「俺は——」
 DONが口を開きかけたその時、下でどんちゃん騒ぎを繰り広げている住人の中の一人が、DONを見つけた。
「やや、あそこにおわすのはDONではありませんか、ウィーック」
「おお、そうだそうだ」
 昼間、二〇〇インチのモニターにどアップで写っていたので、DONはすっかり有名人になっている。
 ドーン!ドーン!ドーン!
 <なんば>の住人たちがDONを呼ぶ。
 それを聞いたDONは窓から身を乗り出して叫んだ。
「三番DON!フィーナのマネをしまーす!うるうる」
 オオーッ、パチパチパチ!
 DONは手を振ると、拍手の渦の中へ飛び降りた。
 残されたツクイは舌を鳴らした。
「チッ、うまいこと逃げられてしまった」
 ツクイは窓から身を乗り出して、下を見つめた。
 チャカポコチャカポコ
 宴会は三日三晩続いたと後世の歴史家は言う。

- 未完 -